月別アーカイブ: 1月 2008

USPSTF update 3題(内頚動脈狭窄,非合法ドラッグ,方法論)

1)Screening for Carotid Artery Stenosis
http://www.ahrq.gov/clinic/uspstf/uspsacas.htm
The U.S. Preventive Services Task Force (USPSTF) recommends against screening for asymptomatic carotid artery stenosis (CAS) in the general adult population. (This is a grade “D” recommendation)
害が多いのでやるな,ということ.ここでいうscreeningとはドップラー超音波法のことだが,必然的に,ルーチンで頸動脈の聴診を行うことにも拡大適応されると考える.(聞いて音がしたら,次は超音波なので)

米国の医師は定期的な検診で頸動脈の聴診を項目に入れていることが多いが,この診療は変わるか?
あくまで上記推奨はドップラー超音波法についてであり,頸動脈の聴診は私見.

私は以前からやっていない.当時の指導医が優秀だったからしないように昔から言っていた.

2)
Screening for Illicit Drug Use
http://www.ahrq.gov/clinic/uspstf/uspsdrug.htm
The USPSTF concludes that the current evidence is insufficient to assess the balance of benefits and harms of screening adolescents, adults, and pregnant women for illicit drug use. (This is a grade “I” statement)

どちらでもいいので,自分の信念に基づいて決めればいいよ.と.これが一番助かるといえば助かる.inner city,都会ではやってもよいのではないだろうか.

3)Update on Methods
Estimating Certainty and Magnitude of Net Benefit

http://www.ahrq.gov/clinic/uspstf07/methods/benefit.htm
方法論のupdate

ABCDIのrecommendationをどのように決定するかについての方法論についての記載.table 1.がわかりやすい.
これまでこれは公開されていなかったのではないだろうか?自分が気づかなかっただけかもしれないが.

Certainty of Net Benefit (どのぐらい確かかつまりevidenceの妥当性)
Magnitude of Net Benefit (効果の大きさ)
の2つの組み合わせできまる.

Certainty of Net Benefit :high
Magnitude of Net Benefit :substantial

の場合にのみA recommendation

Certainty of Net Benefit :low
については,magnitudeがどうであれI recommendation

日本に適応する場合の問題点

Certainty of Net Benefit は基本的に世界共通だが,日本人が含まれているかどうかにこだわると全く利用できなくなる.

Magnitude of Net Benefitについてはその疾患の有病率,スクリーニングにかかるコスト,治療の手術や薬剤の成功率や効果が影響するので,より日本の状況に当てはまらない可能性が高い.日本での研究やpolicy makingが切実に望まれる.

このupdateは上記のcarotid artery stenosisについてのrecommendationの結論を出す過程を例に説明されている

考慮する質問は3つ

1) What evidence does the Task Force consider to estimate net benefit?
2) How does the Task Force estimate the certainty of net benefit?
3) How does the Task Force estimate the magnitude of net benefit?

詳細は3つめのリンクから読んでください.総論屋の私としては,これが一番おもしろかった.
理由は
1)どのようにUSPSTFのrecommendationが作られるかその過程と決定基準が明確に示されていること.(これで,他の国でも同じようにやりたい人は,その通りにやればできる)
2)検査や治療のコストはrecommendationの作成に考慮されている様子がないこと(考慮しないとは書いてないが,考慮するとも書いていない)
発表された費用対効果の論文なども存在するが,outcomeやコストの設定などまだ論文ごとのmethodologyの差異や過程の不透明さのため,2001年より独自に導入したoutcomes table(頸動脈の例はここ)を使用して最終的にnet benefitを判定していると書いてあり,このようにコストのことが含まれていない.これはこれまで自分はuspstfはコストを含めた判断をしていると考えていたのだが,間違いであった(もちろん,おおざっぱには無意識的に考慮していると思うが)
この点で,日本の状況に適用する際に考慮しなければならない変数(もっとも国による差異の大きい)が減るので,外的妥当性が多少担保されうるということ.
3)指導の立場にある人は必読.

気づき
recommendation grade決定の過程を説明するために例として中年男性の腹部大動脈瘤のスクリーニングをあげていたが,喫煙者はスクリーニングをする500人に一人死亡が一人減らせるためB,非喫煙者は1800人に一人なのでCここの線引きは総合的判断になると思われる.1800人一人レベルは公衆衛生的には積極的推奨にならないということ.(一人の家庭医がカバーする人口が1500-2000ぐらいなので中年の非喫煙者全員スクリーニングして一人救えるかどうか,といったところ)

もう一つ,USPSTFのtask forceメンバーは名誉職であること.おそらく実費程度.いわゆる厚労省の研究班などとおなじで,やはり選ばれる,ということが,その分野での能力を評価されると言うことなのだから,これ以上の非金銭的報酬はないだろう.

日本でこのような仕事ができる人間になれないかと思っているのだが…

Baumol’s disease — Health care in general may suffer from an incurable disease. (Are you surprised?)

1/12のentry知的挑戦,反省的実践家と学府,たった1回の経験に対してのresponse.

表題のBaumol’s disease を知っている人はどのぐらいいるでしょうか?

内科学のHarrison, 外科のSabiston,小児科のNelson,循環器のブラウンワルト,泌尿器のCampbell,神経内科のAdams,家庭医療のTaylorやSaultz,産科のWilliamsなどの医学書には載っていないと思います.安心しましたか?

定期的に目を通す医学雑誌で自分も初めて知ったので,ほぼ翻訳というか受け売り.それでも日本語にする意義はあると思うので.

出典
opinion Baumol’s Disease Bobby J. Newbell, Family Practice Management(FPM). November/December 2007 Vol. 14, No. 10

正確にはBaumol’s cost disease (also known as the Baumol Effect)

以下の説明は上記2つから.

FPMでの説明もほぼwikipediaから.
日本語では技術的不均斉成長モデル(pdf)という説明もされるようです.

元々は私の興味分野であるperforming artの世界の観察から.
wiipediaでは

It involves a rise of salaries in jobs that have experienced no increase of labor productivity in response to rising salaries in other jobs which did experience such labor productivity growth. This goes against the theory in classical economics that wages are always closely tied to labor productivity changes.

通常古典経済学的には賃金というのは生産性とリンクしているのだが,その原理に反して,生産性が上昇していないにもかかわらず,その他の業種の生産性が向上したことによる賃金上昇に反応して,その分野では生産性が向上していないにもかかわらず,賃金が上がっていく現象

とあります.

具体例を挙げると,

自動車の生産効率(単位時間当たり一人当たり)は1995年から2005年の10年で66%増えたとのことです.(約1.7倍)
極度に単純化して考えると,仮に1995年と2005年で同じ車の値段が同じ金額だとすると,一人の工員が一定時間に作り出す自動車の台数が1.7倍になったということですから,単純に売り上げも1.7倍,従って賃金(取り分)も1.7倍となるはずです.(実際は製造効率が上がるために,工場の機械を良い物にする設備投資とか,様々な要素があり,このように単純ではないはずですが)
これは主としてテクノロジー(IT,ロボット,その他産業)の進歩による生産性の向上,または大量生産による部品コストのコモディティ化による価格低下などの恩恵であり,人類が肉体を動かす身体能力が1.7倍になった為による生産性の向上ではありません.

しかしながら,250年近く前に作曲されたモーツアルトの弦楽四重奏は現代においても,その演奏に,当時と全く同じ4名の弦楽器奏者と同じだけの演奏時間が必要であり,そこに,生産性の向上は一切ありません.音楽や演劇,バレエ,ダンスなどの「演じる」ということを主とするperforming artsのほとんどについてこのことが当てはまります.

理論上,同じ効率でしか作品(商品)を生産できない以上,音楽家(演奏家)の賃金は250年前と同じでよいはずです.ところが,その他の特にテクノロジーの進歩の恩恵を受ける産業での賃金がその生産性向上に伴って高くなり,そうでない業界との賃金の差が大きくなると,その業界の仕事をしようという人がいなくなってしまいます.要するに音楽家やっているより自動車工場の工員になったほうが,何倍も効率が良い,ということです.

そうやって,テクノロジーの恩恵をあまり受けない業界は,労働力の流出を避けるために,そういった業界の賃金にそれなりに見合うように,賃金を上げなければなりません.

その現象を.

通常古典経済学的には賃金というのは生産性とリンクしているのだが,その原理に反して,生産性が上昇していないにもかかわらず,その他の業種の生産性が向上したことによる賃金上昇に反応して,その分野では生産性が向上していないにもかかわらず,賃金が上がっていく現象

Baumol’s cost diseaseというのです.

さて本題.
これと医療と何の関係があるのか.

1950年代,米国のGeneral Practitionerが一日に診療した患者の数は25人程度.そして米国ではその数は50年後の今も変わりません.
考えてみて下さい.テクノロジーの進歩の恩恵を医療は受けてきたでしょうか(生産性に関して).電子カルテで,処方ミス回避や情報共有などの効率化ができ,医療の安全性の向上,質の向上は起きていますが,むしろ様々な制約により単位時間に対応できる患者の数はそれほど増えていないか,少し減っているのではないでしょうか.

単位時間当たりに診療できる患者の数が50年前から変わらないから,医療従事者の賃金が50年前と同じでよいか,というとそういうわけにはいきません.製造業,生産業の生産効率の上昇と共に彼らの賃金が上がり購買力が上がるために,物の値段が上がります.そうなると「医者なんかやってられない」ということで,もしかしたら一時期いわれたイタリアのように医学部を出てタクシーの運転手という状況になる可能性があるのです(このことが事実かも,なぜそうなのかも知りませんが)

FPMには,

The underlying factors of “production,” namely, taking a history and performing a physical examination, have not been affected by technical progress. Likewise, a half-century of tremendous advances in the science and technology of medicine has done essentially nothing to increase the speed with which a nurse can change a bandage.

科学とテクノロジーの発展は医師が問診をし,身体診察をする,看護師が包帯を交換すると言ったことの作業効率にほとんど貢献していない.とあり,そのあと,なぜなら,医療は「その作業そのものが商品であるから」とあります.

生産業などは作業の結果何らかの商品が発生します.そうではなくいわゆるサービス業(飲食も含め)は人間の労働そのものが商品であるということで,この現象が見いだされたperforming artsと共通しています.

更に,医師Jay Jacksonの言葉を引用して,

“The distressing trend about medicine today is that cognitive skills learned over many years, with rapid pattern recognition and astute clinical decision making, are disproportionately underproductive by comparison to the rest of the economy. … Medicine, for all the discussion about innovation and redesign, still remains a profession – one patient, one pair of hands, and one pair of eyes at a time.”

何年もかけて身につける診療能力(瞬間のパターン認識と,抜け目のない臨床決断など)は医療以外の世の中の経済活動に比べると絶望的なほど「非生産的」であり,それは,どれほどinnovationやredesignを語っても,医療は最終的には一人の患者に,両手と両目を使って一人ずつ対応する職業であるからだ

医療の中でも多少の違いはあるでしょう.放射線科などは,画像をネットで送れることや電子データの処理能力向上などで,生産性が比較的向上しますが,家庭医は電子的に音を拡大する聴診器や,電子カルテを用いても診療のスピードがそれほど上がるわけではないのです.

同様に大学教授が1時間の講義で伝えられる情報量もpowerpointの恩恵があっても50年前とはそれほど変わらないはずです(受け手の処理能力が上がっているわけではないので)

話を戻すと,人間と人間のやりとりに大きな意義,価値を置く仕事であるほど,この疾患Baumol’s diseaseの餌食となるリスクが大きいと言えるのではないでしょうか.

wikipediaには
他業種の賃金価格上昇に対してperforming artsのプロデューサー(興行主)は収益を増やし,artistの賃金を上げるために以下のような方法で対応できるとあります.

Decrease quantity/supply (労働者(performer)の数や,舞台にかかる費用を下げる)
Decrease quality    (performerのランクを下げる.)
Increase price     (興業の値段を上げる)
Increase non-monetary compensation / employ volunteers (賃金を上げる変わりにその他のbenefit(福利厚生など)を増やす,ボランティアを雇う)
Increase total factor productivity (翻訳不可能,performing artsでは実施不可能とあります)

例としては医療では,データ入力や簿記などを海外の安い労働力にアウトソーシングする,教育の世界では,手書きのエッセイを採点する代わりに,コンピュータで採点可能なマークシートにするなどがあげられています.

さてビジネスはどこまでいっても

収益=単価x数ー費用

です.(原則としては包括払いでも同じ)
そして前提として単位時間当たりの処理能力の向上はあまり見込むことのできない医療の世界で,しかも国によって単価が決められており,自由に設定できない中(注1),生き残っていくためには(つまりずっと長い間,地域によい医療を提供し続けるためにはある程度の利益が出なければ「人のケア」最終的な商品である医療で「人」が雇えなくなる (注2))我々がコントロールできる変数は費用しかない,つまりコストを減らす,ということになるのですが,検査器械のお金をけちっている医療機関,電子カルテをけちったために手書きの文字で読み間違いが起こる医療機関,人を減らして,受付が常に電話対応に取られている医療機関なんかにかかりたいと思うでしょうか.

話を戻すと,
医療特に問診と診察を重視する,話しを聴くこと,説明すること等の人ー人のやりとりにその価値が存在するプライマリケア,家庭医療が最もテクノロジーの恩恵を受けにくい,そして世界中の様々な診療報酬体系もなかなかこの難治性の病気を治せないでいる.FPMの文章を借りると、Baumol自身がいうように,これは,先進国経済における,避けることのできない,取り除くことのできない、経済が発展していることそのものの証明なのではないか.

performing artsの世界では(特にpops市場)、うまくテクノロジーを取り入れている。1回のコンサートで出来るだけ多くの人が楽しめるように大画面を用意して、武道館のような広さでもartistの顔が見える工夫。また、そのときの様子をDVDとして販売、novelty goods(ステッカーやTシャツなど)の販売などもそうであろう。

しかしそれでも,「人ー人」のやりとりを最大限にするためにこそテクノロジーはあるのではないか。黙っていてはテクノロジーの恩恵を受けられる領域ではないからこそ、今までのやり方とは全くちがう医療提供の枠組みによって、innovationを起こすことが必要なのではないか。キーワードとしてはChronic Care Model, group visit, virtual visitというあたりだろうか。

今後少しずつ言及。

注1 先日銀行の人に「我々は価格を決められないからつらいです」という話をしたら,「国が価格を保証してくれているほど恵まれていることはない」と言われた.確かに,それも一理ある.一般の商売は売れなければ価格を下げてたたき売る覚悟もいるのだから.
注2 一般病院(民間)の医業利益率は1%に満たない。大ざっぱにいって、外来患者さん200人診療すると100万円入ってくるが、諸費用を支払うと手元に残るのは1万円に届かないということ。以下参考

参考 M3サイト(ログイン必要)
———(引用ここから)—————–
06年度WAM調査 一般病院の利益率、過去最悪を更新 医療経済実態調査を裏付け

記事:Japan Medicine
提供:じほう

【2008年1月16日】

福祉医療機構(WAM)がまとめた2006年度医療機関の「経営分析参考指標」によると、一般病院(民間)の医業利益率は初めて1%を割るなど過去最悪を更新した。7%前後で安定していた療養型病院の医業利益率も2ポイント以上落ち込んだ。看護職員らの増員によって人件費が膨らみ、収支を圧迫した。中医協の医療経済実態調査で明らかになった病院経営の厳しさがあらためて裏付けられた。

06年度の一般病院(全病床に占める一般病床の割合が50%超)の医業利益率は0.8%で、前年度に比べて0.4ポイント落ち込んだ。診療報酬のマイナス3.16(本体1.36)%改定のあおりや、平均在院日数が短縮する一方で病床利用率が低下したことなどを受け、1床当たりの医業収入は前年より約50万円の減額となった。
これに加え、7対1入院基本料の導入などの影響で看護師増員を迫られ、患者100人当たりの職員は2.7人増加。支出の人件費割合が50%を超え、経営を悪化させた。
療養型病院(全病床に占める療養病床の割合が50%超)の医業利益率は、診療報酬本体が初めて引き下げられた02年度以降も7%前後で推移していたが、06年度は5.0%に悪化した。1病床当たりの医業収入が約30万円減となったほか、支出面では患者100人当たりの職員が0.8人増えた。さらに、職員1人当たりの給与が8万1000円増え、支出増の要因が重なった。
本体0.38%増が決まった08年度診療報酬改定率の判断材料となった中医協の実調(昨年6月時点)では、国公立を除く一般病院(介護保険収入のある医療機関含む)の医業利益率は0.4%。療養病床60%以上で国公立を除く一般病院(同)の医業利益率は4.7%で、医業収入の中に介護保険収入も含めているWAMの一般病院、療養型病院の経営分析の傾向とほぼ重なる。

精神は実調とやや開き

一方、精神科病院の医業利益率については、WAMの経営分析は4.1%であるのに対し、実調では1.8%(国公立除く、介護保険収入のある医療機関含む)とやや開きがある。1床当たりの医業収益はいずれも微増傾向にあるが、人件費割合はWAMが59.2%であるのに対し、実調は64.1%であるなど、支出面の傾向が異なる。
WAMによると、06年度の赤字病院の割合は、一般病院が41.1%、療養型病院が25.8%、精神科病院が21.4%で、精神科を除き過去最悪となった。

Copyright (C) 2008 株式会社じほう
———(引用ここまで)—————–