見えないものの重要性

教育の話はしばしば哲学的な議論へと発展します。できればリンク先も全部読んでみてください。

行動主義vs認知主義とも言えますが,認知にまで上っていない無意識のところの話なので、また少し違うかもしれません。
それを含めての技術移転(研修)というのは可能なのでしょうか。

以前CDが出始めた頃にLPには収録されている耳には聞こえない周波数の部分がなくなってしまうので質が落ちる、といって反対したオーディオマニアが多数いましたが、いかがでしょうか。

いまでもオーディオマニアは非可聴域を再生するために追加でそれ専用の高額のスピーカーをつけて(超高音はtweeter、超低音はサブウーファー)、「やっぱり違う」といっています。

アインスタインの名言
Everything that can be counted does not necessarily count; everything that counts cannot necessarily be counted. Albert Einstein.
「数えられるもののすべてに意義があるわけではない。意義のあるものすべてが数えられるわけではない。」

にも通じるところがありますが、可視化,言語化できないものは教えられるのか、教えられるとして,どのように教えるのか、そもそも教える必要があるのか。というところを考えていく必要がありそうです。
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行動の前に無意識は既に活動している。行動や、書かれたもの(形式知)はその結果でしかない。暗黙知はcaptureされた時点で暗黙知ではなくなってしまうというジレンマ。

暗黙知の次元 2009年11月15日 情報考学 Passion For The Future

形式知は暗黙知という巨大氷山の一角であり、たとえ自分の知識を書き出せる限り全部文字に書き出しても、なお知の本質的な大部分は隠れている。インターネット上に現れる知は膨大だがすべて形式知である。水面下にあるInvisibleな膨大な知をどう引き出すかが次の知の構造化の課題だ。「想像上の衝迫」はたぶん、活発なコミュニティの中にあるように思う。

2008年01月15日 マインド・タイム 脳と意識の時間

表現行為の多くが無意識の創作を意識が追認していくプロセス

「私たちの感覚世界へのアウェアネスは、実際に起こった時点からかなりの時間遅延することになります。私たちが自覚したものは、それに先立つおよそ0.5秒前にすでに起こっていることになるのです。私たちは、現在の実際の瞬間について意識していません。私たちは常に少しだけ遅れていることになるのです。」

関連エントリー
2008/03/13 質的研究 qualitative research のリソース

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