タスキギー(Tuskegee)研究ー研究倫理

私が研究を教えるとき研究者のプロフェッショナリズム(研究者倫理)として必ず言及する話.
米国でも研究者の間でさえどのぐらい知られているだろうか。最も悪名高いとされる臨床研究。

Tuskegee syphilis experiment
http://en.wikipedia.org/wiki/Tuskegee_syphilis_experiment

要点を抜粋(翻案ブログ子)
*米国アラバマ州タスキギーにおいて1932年から1972年の40年にわたって米国政府(公衆衛生局)によって行われた実験
*梅毒の無料治療を提供すると称して、僻地/貧困地(農地の小作人)の黒人の梅毒に対して「何もせず」自然経過だけをただ観察した。
*600人(399人は研究開始以前に梅毒罹患、201人は疾患なし)
*無料の医療,食事、埋葬保健を提供,ただし,彼らは一度も梅毒に罹患している事を告げられることはなかった。「悪い血(梅毒,貧血、疲労などいくつかの状態を示した現地語)」の治療をしていると告げられた。
*ペニシリンが1942年には単離、実用化、1947年までには梅毒の標準治療として確立し、そのことを知っていたにもかかわらず、意図的に治療をしなかった。この時点で梅毒患者の全員を治療し研究を中止するか、対照群を2分割し片方でペニシリンを治験するという選択肢があったにもかかわらず、治療をせず,またペニシリンの存在やその情報さえ隠蔽した。かつ、研究者は、他の地域ではペニシリンへのアクセスが出来たにもかかわらず,被験者がペニシリン治療を受けようとする事を妨害した。
*1972年に報道関係に情報が漏れて始めて実験は中止となった。被験者の多くは死に,またその間配偶者に感染、先天性梅毒のこどもも多くうまれた。
この結果、研究費賢者の権利を守る仕組み(IRB:Institutional Review Boards 倫理委員会を含む)が作られることになる。

当時の主任の言葉(公衆衛生局性病部門長)
For the most part, doctors and civil servants simply did their jobs. Some merely followed orders, others worked for the glory of science.
「大半の医師や職員は自分の仕事をしただけだ。単に指示に従ったものやそれ以外は科学の発展の為に」

*1974年には議会が、人体を対象にした研究に対しての規制を作成する委員会を設立させる事を含む法案を設立
*1997年(たった5年前!)にクリントン大統領が正式にタスキギー研究の被験者へ謝罪。
“What was done cannot be undone. But we can end the silence. We can stop turning our heads away. We can look at you in the eye and finally say on behalf of the American people, what the United States government did was shameful, and I am sorry … To our African American citizens, I am sorry that your federal government orchestrated a study so clearly racist.”

当然、判明直後にマスメディアを通じて大きなスキャンダルとなり、黒人のコミュニティーからの国の公衆衛生へ活動への信頼が喪失,結果医療への不信→臓器提供などへの参加不信、予防的ケアを医療機関で受けようとしない事へつながったとされる(そうではないという論文もあり)。また,そのせいで黒人のコミュニティーの間では,現在のHIV/AIDSの蔓延は政府が黒人のコミュニティーへ持ち込んだのではないかという噂が耐える事がないとされる。(出典不明)

関連して、1946年から1948年にかけてグアテマラにおいて米国主導で、囚人、兵士、精神病院の患者などに説明なしに梅毒や淋菌を感染させその多くを抗菌薬で治療するという研究を実施している。(直接の病原体への暴露や感染している売春婦に金を払って,性交渉を持たせる事で)米国のタスキギー研究は梅毒の自然史を知る事を目的にした一方で、こちらは、性病にペニシリンが有効かどうか調べる事が目的であった(単離実用化の頃と時期が一致している)
2010年(昨年!)正式に米国はグアテマラに対して謝罪をしている。
Guatemala syphilis experiment
http://en.wikipedia.org/wiki/Syphilis_experiments_in_Guatemala

その他の人体を対象にした研究の黒歴史は下記の2枚目(スライド2枚目ではなく,プリント2枚目)あたりによくまとまっている。
がん臨床試験を行う上で知っておくべき倫理的事項 (山本精一郎)
http://www.csp.or.jp/cspor/upload_files/arch_108.pdf 

さて,引用が長くなったが、研究をする人たちに強調したい事は;

*研究の成果は第一義的にその研究に参加してくれた被験者の物である。科学の発展の為に参加してくれる方がほとんどであるが、それでも,研究からわかった事は被験者の人たちにまずは返すべきである。研究結果をわかりやすくまとめた物に、「皆さんの協力のおかげでこのようなことが分かりました。それによってこのように今後この領域の診療がかわります」の言葉を添えて。自分もまだまだ不十分であるが。論文になったらまず被験者のみなさんへ報告。どれだけの研究者がこれをやっているだろう。
自分たちに返ってくるとわかれば、協力も得やすい。最もうまくいっている例は久山町研究だろう。
参考 【取材記事】研究者,行政,町内開業医,そして住民 ―― 互いへの信頼と尊敬が研究を支える 週刊医学界新聞 > 第2910号 2011年01月03日

*研究は介入行為である事を忘れない。「害」の定義にもよるが、被験者への悪影響は必ず存在する。倫理委員会の承認は安全である事の証明ではなく,最小限にする為の努力がされている事の承認である。
新薬であれば未だ知り得ない副作用、そうでなくてもプラセボ(偽薬)に振り分けられるリスク。定期的に受診する事での時間の負担、検査の負担(金銭的に無料であっても、間接的には時間や心理的にロスが生じている)。
たとえ簡単な調査(アンケートやインタビュー)であっても、その為に割く時間、場合によっては質問の内容によって気分を害するリスク。でなければ 日本精神神経学会からこのような声明文は出ないだろう 東日本大震災被災地における調査・研究に関する緊急声明文(pdf)

某研修プログラムでも卒業プロジェクト、ローテーションのプロジェクトと称して内容が十分に検討されないまま時間切れで安易なアンケート調査が行われるが,結局データの取り方がまずくて,そこからは何も言えないような物も多く、協力者への配慮が足りないといわざるを得ない。

さて,今月から南相馬市へ中期支援に家庭医の後期研修医が入っているが,行く前に念を押したのはこのことだけである。
予定して作り出すことのできない環境での活動は「またとない」貴重なデータの得られる機会である。一方で,大量の人間が同じことを考えている。「支援」という名の下の親切の押し売り、自分たちの利益優先を考えた「偽の支援」は数多い。現地の人たちは敏感であり,本当に自分たちの為に活動してくれているのかはすぐに気づく。「あそこの人たちは根掘り葉掘り質問して,検査をしたけれど,自分たちの状況はいっこうに良くならない」となれば、そうでないつもりの人までも同じように見られてしまう。
一方で正確なデータがないと,効果的な支援は出来ない。「研究/調査の結果は第一義的に被験者の物」という原則を忘れなければ、そのデータが得られる事で将来の誰かが得をするのではなくて,データを提供した人たちの助けとなるデータをとる、ということからぶれずに済む。
以下はどれも「支援ありき」の調査。結果として貴重なデータが得られ,学問も発展する。ジャンル的にはアクションリサーチと呼ばれる物に含まれるのであろう。
*現地でわずかな面積を数百分割してはその全てで放射線量を測定し,除染しては再度測定し,線量が下がるまでやる
*WBC(whole body counter)で内部被爆を測定し,本人へアドバイスする
*医療相談界を開き,不安に答える(結果どのようなことが不安かの情報が得られる)
*仮説に住む人たちにインフルエンザワクチンを届ける為に、人数の把握をする
*クラウドにつながった血圧計を設置し,毎日の測定をお願いするー>異常値の把握かつ、その日のデータエントリー(測定)がある事での安否確認になる

南相馬に入ったH君は僕の気持ちを良くくんでくれたようで、「支援ありき」の活動をしっかりとしてくれている。

自分は基本スタンスとして研究をどんどんやるべきだと思っているし、アイデアは山のようにあふれてくる。(実行にはあまりうつせていないが)だからこそ,そっちへ突っ走る事の危険性を認識しているつもりである。スピードの出る車で重要なのは止まらなければならないときにぴたっと止まれるブレーキの性能である。少しでも研究/調査に関わる人にはそのブレーキの性能を磨く為にこう言ったことを意識しておいてほしい.自分への戒めもこめて。(もちろんスピードの出せるエンジンも必要なのだけど)

繰り返し。研究/調査の結果として何か新しいことが判明し、その結果「何らかのアクションが生じ」現場の改善につながる(当事者に成果が返る).このループ(輪)を閉じて、はじめて、真っ当な研究といえるのではないか。

(約4400字、2時間)

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