タグ別アーカイブ: プロフェッショナリズム

医師として身近な人の診療を行う事(とくに地元でやる家庭医):dual relationship(二重の関係)

free-illustration-kenkoushindan-monshin

先日の夏期セミナーにて「生まれ育った地元で家庭医として働くこと」というシンポジウムをかとうファミリークリニックの加藤貴紀先生と一緒に企画させていただきました。

そこでちょっと紹介した参考文献。
2012年に改訂された米国内科学会の倫理マニュアル第6版(ネットで全文が読めます)

American College of Physicians Ethics Manual: Sixth Edition
Lois Snyder, JD, for the American College of Physicians Ethics, Professionalism, and Human Rights Committee
Ann Intern Med. 2012;156(1_Part_2):73-104. doi:10.7326

http://annals.org/article.aspx?articleid=1033289 (pdf)

当然,全ての医師が果たすべき倫理的責務について32ページにわたって包括的に,かつ簡潔に書かれているのですが、上記セッションに特に関係してくると思われる部分について抜き出して紹介しました。

その部分とは,ズバリ

Providing Medical Care to One’s Self; Persons With Whom the Physician has a Prior, Nonprofessional Relationship; and VIPs
(自分自身、医師が,医師患者関係以外の関係が以前からある患者、VIPへの医療の提供)

Gifts From Patients
(患者からの贈り物)

です。

ちょっとわかりにくいですが、一つ目は,医師患者関係が成立する前から別の関係(家族、友人、知人、雇用関係)等がある人を患者として診療する場合ということです。

身近な人(お世話になった近所の人、友人,そして家族)の役に立ちたいという想いで医師や医療従事者を目指す人も多いはずですが,特に家庭医を目指す人たちはその動機で医師,また家庭医を目指す人が多いように思います(私見)。

また、地方、僻地,離島へ行けば行くほど、その町や村の首長(町長や村長)と呼ばれる人、社長さんなどVIPを診療する機会も多くなります。そして、患者さんからの様々な心付け(農作物等)を頂く機会も多いはずです。

さて、どのように書かれているのでしょうか?
ざっくりと意訳、かつ許可は取っていないので、気になる方は、原文に当たって下さい。

自分自身、医師が,医師患者関係以外の関係が以前からある患者、VIPへの医療の提供
http://www.acponline.org/running_practice/ethics/manual/manual6th.htm#self-vips
もしくはpdfの P. 80-81

他の選択肢が存在しないような、緊急の状況を除いて,医師は自分自身のケアを行うべきではない。 医師は自分自身に対して、適切に問診し,診察し,指導を行なうことはできない。それらの行為なくしては、いかなる検査、投薬,その他の治療も、不適切なものとなる。

家族、友人、知人、同僚、雇用者などを含む、医師患者関係以外の関係が以前から存在している患者に対しては、もともと存在している感情的、社会的関係が、今後発生する専門家としての医師患者関係を複雑化させる。

医師が、以前から社会的、感情的な関係を有する人物から,診療を頼まれた際はまず他の選択肢を考慮しなければならない。例えば、アドバイスをする立場,医療通訳、受診の際にした方がよい質問の提示、専門的な用語や概念の説明役、受診への同伴、患者擁護の助けとしての役割りを担う等。別の手段としては自分のコネや知識を利用して他の医師を紹介することもできる。

医師は、さまざまな理由により、医師かつ家族や医師かつ友人といった二重の関係(dual relationship)に入るべきではない。患者は医師からベストでないケアを受ける危険性があるかもしれない。問題は、臨床的客観性や、不適切な病歴聴取、不適切な身体診察、過剰な検査、不適切な処方、繊細な問題についての不完全なカウンセリング、適切な診療録記載のもれ等を含む。患者のニードが医師の専門性の領域を外れるかもしれない。医師が感情的に親密であるという事で患者の側や医師の側,もしくは双方にとって困難な状況に陥るかもしれない。一方で、患者は、医師の友人、医師の家族に診療を受けることによって、多大な利益を経験する場合もあるだろう。この利益は医師の側にも起こりえる。医師へのアクセス、医師の詳細への心配り、ケアのレベルへのこだわりなどがより良いものになり得るからだ。

医師かつ家族、医師かつ友人という二重の関係の複雑性を考えれば、医師は、そういったん懸念と、その他の取り得る代替え案とを天秤にかけ、そういう患者のケアをする前に、同僚に相談を求めるべきである。もし、診療を行うという選択をするならば、他の一般的な患者に行なうのと同じ包括的な丁寧さで、注意深い診療録の記載を伴って実施するべきである。医師が、診療を行う際はいつ何時でも、自分の専門性の範囲内でのみ行なうべきである。診療録は他の患者と同様に記録され,保存されなければならない。

VIPの診療はまた別の難しさがある。医師は、関連のある病歴や身体診察でさえ、繊細な部分を省略しがちである(性交渉歴や飲酒量など。訳者注)という傾向を避けなければならない。名声や社会的評判のある人だからという理由で、患者に医学的に適応のない医療を提供することになってはならない。他の全ての患者と同様に患者のプライバシーと守秘義務は守られなければならない(守秘義務の項参照)。最後に、VIPの社会的な位置づけのせいで、その医師が他の患者に負う責任に悪影響が及ぶことになってはならない。(VIPの診療のために大幅に他の患者を待たせる等 訳者注)

患者からの贈り物 
http://www.acponline.org/running_practice/ethics/manual/manual6th.htm#gifts
もしくはpdfの p.82

患者からの贈り物を受け取るかどうか決める際に、医師は,その贈り物の本質、その患者にとってのその贈り物の価値、それを受け取る事や断る事によって医師患者関係にどのような意味や結果をもたらしえるか、患者の贈り物に込めたおそらくの意図や期待などを考慮しなければならない。
感謝のしるしとして,というような小さな贈り物は倫理的には問題とはならない。何らかの贈り物を受け取ることによる診療の優遇は問題であり,プロフェッショナリズムを損なう。また、患者診療において客観的である事を妨害する。

さていかがだったでしょうか? 基本的に可能な限り避けるべきと書いてあります。

身近な人たちの役に立ちたくて医師になったのに、家庭医になろうとしているのに、という人たちはどうすればよいのでしょう?
このマニュアルは医師患者関係の「前に」別の関係がある患者としていますが、問題となっているのはdual relationship(二重の関係)の問題です。だったら,最初に医師患者関係があって,その後別の関係(友人、知人、雇用者等)になった場合も同じ問題(問診や診察をはしょる、過剰な診療になるなど)が起きるのではないでしょうか?

実際に、プライマリケアの実践をしている地域で生活していると、二重の関係は日常的に生じます。ママ友、パパ友、趣味のフットサルの仲間、飲み友達、行きつけのお店の従業員、普段別の立場から健康を守る為に連携を行なう行政や保健所のみなさん、患者さんのケアの連携において連絡を取り合うケアマネージャーさん,そういった方がやはり「気心の知れた先生に診て欲しい」「どんな先生かよくわかってて信頼できるから先生に診て欲しい」とこちらから求めずとも、向こうから医師患者関係という二つ目の関係を求めてきます。

そこで,「いや,倫理的には避けるよういわれているので」と断ることができるでしょうか? 身近な人の役に立ちたい,という想いで医師,家庭医になった人ならなおさらです。

ちょっと現実的ではない。と思いますが、それでも,マニュアルに書かなければいけないほど、日常的だったり、注意すべき事だったりするのでしょう。

皆様はどう思われますでしょうか? (患者の立場としても)

>会議の費用

>仕事柄「会議法」についてのWSを行なうこともあるのだが、改めて会議にかかるコストについての記述に出会ったので、現在の組織について適応してみる。
後期研修医の時給は大ざっぱに計算して2500円ぐらい。(本当に大ざっぱに)
スタッフ3人+後期研修医12名のうち3分の2が出席として全員で11名
スタッフの時給も同じとして(本当はもう少し高いが)、
1時間の会議で27500円
週1回の実施なので、月4回で11万円
1年間50回で137万5千円
の人件費を会議をすることに費やしている。

1回1時間当たり3万円の価値のある会議をしているか?
何でも効率、コストというせち辛い世の中であるが、利益を無視して本当にやりたいことをやるための人と時間を確保するためには、出来るだけ短時間で最低限必要な利益を生み出すことを考えなければならない。
極論をすると月25日のうちの最初の10日で最低限必要な売り上げ(損益分岐)が出ればあとの15日は本当にやりたい医療や社会貢献、新しいことへの取り組みなどに使える。

演奏家は自分の出したい音程や音色を出すために指の位置はこうで、構えかたはこうで、力のかけ具合がこうで、といったことを考えながらやっているようでは、本当に表現したいこと、伝えたいことにエネルギーが注げないの。だから何も考えなくても自動的に求める音程や音色が出るようになるまで(楽器が体の一部になるまで)基本的な練習を積む。
プロとして正確な音程や温色は大前提であって、勝負はその先ですること。

原始仏教の教徒は永遠の精神(肉体に束縛されない自由な精神)を得るために徹底的に肉体を鍛えた。

のどが痛いといってきた人の問診項目はこれで、診察のポイントはここで、鑑別診断は。。
コレステロールが高いと検診で言われてきた人にまず聞くことは、、、この人のLDLの目標値は、選択するべき薬剤は?
といったことに意識がいっている間は、自分が医療を通じて患者さんに伝えたいことを伝える時間はない。患者さんに「どんな人生を送りたいの?」といった本質的な対話を持つ時間はない。
自分が本当に患者さんと交わしたい対話に十分な時間をとるために、絶対にやっておかなければならないこと(正確な診断、治療、安全の確保、科学的根拠に基づいた診療など)を徹底的に体に覚え込ませる。またシステムとして保障する。
プロとして、正確な診断、治療、安全の確保、科学的根拠に基づいた診療などは大前提であって、勝負はその先ですること。

急がば回れというが、よりレベルの高いこと、本質的なこと、自分のやりたいことに取り組むために、好むと好まざるとに関わらずやらなければならない基本的なこと、必ずクリアしなければならない事、の効率を最大限にする、という逆説的なことになるが、これが物事の本質だと思う。

大きな木ほどその根(見えない部分)は深い、水上は優雅な白鳥も水面下ではたくさん水をかいている、大きな建物ほどその基礎(土台が重要)、すそ野が広いほど山は高い。

奇抜なピカソも青の時代までは基本的なデッサンをしっかりやった。

優秀なプレイヤー(演奏家も、アスリートも)ほど基礎練習、原理原則論に忠実である。

医が算術になって久しい、といわれるが、医が本当に仁術であるためにまず算術でなければならない、というのが現実的な所。上記の理由からこれは全く恥ずるべきことではないと思う。問題なのは、算術の段階で止まってしまっていることなのだ。意図的に算術だけで済ませてしまうのは論外としても、経営的にランニングコストを出すのに精いっぱいの医療機関では、そこを達成するために不必要な検査や処方を出さざるを得ず、医療がゆがむ。仁術をやる余裕がないのだ。そしてそれはそこで働く医師の本意ではないだろう。

効率的に会議を行なう事が目的ではなく、それによって生まれた時間と人で何かをするために効率的に会議を行なう事が必要なのだ。

急がば回れ。

儲かる会社にすぐ変わる! 社長の時間の使い方
儲かる会社にすぐ変わる! 社長の時間の使い方
  • 発売元: 日本実業出版社
  • 価格: ¥ 1,470
  • 発売日: 2008/02/28
  • 売上ランキング: 141
  • おすすめ度 5.0