カテゴリー別アーカイブ: 家庭医

内科と総合診療のダブルボードは(短期間暫定的に)容認した方がよい「かも」しれない。。

ダブルボードとは2種類の(基本的な)専門医資格の取得を意味する。
基本的には自分はダブルボードは絶対反対ではないが、やるなら質も担保を前提とした厳密な条件とともに行うべきであるという消極派である。ここでは総合診療と内科のダブルボードの議論について少し私見をまとめる

推進派の理屈はおそらくこう(推測)
* 総合診療に関わる人数を増やすには取りやすくした方が良い(つまり内科の研修を終えてからまた最初から3年間総合診療の研修をするよりは、差分だけをやれば取れるようにするとか、並行して取れるようにすることで、総合診療専門医取得者が増える) (内科を選んだ人が総合診療も選べるように)
* 現在総合診療を選択した場合はその後内科サブスペシャリティ(循環器、消化器など)に進む道は閉ざされている(「内科」のサブスペシャリティなのだから、総合診療からは進めないのは当然のことだと思う)。総合診療か内科か迷っている人、または最終的に何らかの内科サブスペシャリティを持ちたいと考えている人が、その後の進路選択肢が閉ざされてしまう可能性を嫌って、やむなく総合診療ではなく内科を選ぶということがそれなりにあるのではないか(これはあくまでそう言っている人たちの現場感覚で、正確な調査が待たれます)、だから、総合診療を選んだ人が内科サブスペシャリティ(循環器、消化器など)を取れるように、総合診療の人も内科をとりやすくすれば良い。(または総合診療専門医取得後の進路として内科サブスペシャリティへの接続をした方が良い。これについてはあまり望ましくないと考えていますが、理由の一部は下記に)

上記はあくまで感覚的な仮説である。この仮説は正しくない可能性がある。その裏付けとなりうる理由を二つ提示する

1)道を作れば人の多い方へ流れる(ストロー効果)
wikipediaのページに詳しいので詳細はそちらを参照されたい。東京→千葉へのアクアラインの効果を期待したが、人が木更津から東京へ流れ、木更津は地価が底をつき、人がいなくなった/瀬戸大橋によって、関西圏から瀬戸内、四国への人の誘致を期待したが、逆に神戸、大阪へ人が出るようになった、などのあくまで人の移動と経済効果に関しての記述だが、道があるならそちらへ進もうというのは人の心理であって、総合診療専門医取得後、内科サブスペシャリティが取れるとならば、一応取っておくか、という人は増えるのではないだろうか?(それが推進派のロジック)

2)一応取っておくだけで、診療自体はプライマリケア を継続すれば良いのだから、と思うかもしれない、しかし、専門医は取得したらおしまいではない、その維持も必要で、維持のためには知識のアップデート、その分野での経験症例数の確保が必要となる。なにより、領域別専門医としての診療をするには、ジェネラリストとしての診療スタイルから、コンサルタントとしての領域別専門医の診療スタイルへ変更(言い換えるとパラダイム/根本的な思考過程の変更)しなければならない(簡単にいうとジェネラリストの合理性優先スタイル(全体最適優先)から、領域別専門医のゼロリスク優先スタイル(部分最適優先)へ)
そうすると当然マズローのハンマーの問題が生じる。内視鏡が使えるようになってしまえば、「とりあえず覗いてみるか?」と様々な理由で(思考の傾向、経験症例数の確保、設備の償却費確保など)そちらに偏ってしまう。
その領域の勉強量、経験症例数、が増え、思考過程(つまり基本OS)が変更されても、かつジェネラリストとしてのプライマリケア診療に留まり続けることは、相当な二重人格か、器用な人間でないとできないのではないだろうか?(少なくとも自分には無理)

これ(道があれば進んでしまい、進んだらジェネラリスト としての診療はしなくなる)には、少なくとも米国のデータとしては大量な裏付けがあって、ここで直近のエントリー2本を引用
家庭医を進路選択すると内科よりも2倍プライマリケアにとどまる

では

*家庭医を選択した93.6%はプライマリケアの実践をしているが、内科を選択した学生でプライマリケアの診療にとどまるのは48.1%、

というのがあるし、

誰が本当にプライマリケア を担うのか?(内科や小児科は担っているのか?)

ではいわゆるプライマリケア「系」のレジデンシーに進んだ医師でその修了後実際にプライマリケア を担うのは

pediatrics-primary 93.5%
family medicine 92.8%
medicine-pediatrics 61.1%
pediatrics(categorical) 44.6~51.6%
medicine-family medicine 50.0%
medicine(categorical) 20.6~30.0%
medicine-primary 29.5%

という結果。

ここでは議論の単純化のために家庭医(総合診療)に進むと93%がプライマリケアを実践
内科は48.1%という数字と20.6~30.0%、29.5%という数字があるが、ダブルボード推進派の「内科にダブルボードを認めるとよりプライマリケア を担う人が増える」という主張が正しいと仮定して20.6~30.0%、29.5%を採用(前者はダブルボードを考慮していない)。単純化するために30%とする。
そして、ダブルボーダーはmedicine-family medicine 50.0%がプライマリケア を担うと仮定。
小児科は今回省略

日本の各科進路数は専門医機構のページから
内科2923 総合診療222
それぞれ、30%、93%が研修修了後プライマリケア を担うとして、
877人 206人 (合計1083人) 内科を終えてプライマリケア を担う人の方が4倍以上多いということになる。

この人数が拮抗するのは 0.3*内科<=0.93*総合診療 の不等式を解くと 内科<=3.1*総合診療、つまり内科に進む人に対して総合診療に進む人が3分の1を超えれば総合診療出自でプライマリケア を担う人の方が多くなるということだ。(言い換えると内科専攻医:総合診療専攻医<3となるまでは内科出自のプライマリケア の担い手の方が多いということ)

だったら内科に進む人をもっと増やせば済むことではないか? という主張には大きな問題点がある

内科のトレーニングには小児のケア、女性のケア、メンタルヘルス、筋骨格系、在宅医療、地域アプローチなどのトレーニングがほとんど含まれていない(日本専門医機構のプログラム整備基準参照のこと)

100歩譲って家庭医療学やプライマリケア の理論的基盤の習得はなしでいいとしても(よくないが)、各論としての小児のケア、女性のケア、メンタルヘルス、筋骨格系、在宅医療、地域アプローチなどはプライマリケアを担う上で不可欠な能力なのである。(プライマリケアに進むということとプライマリケア が適切に担える、ということは別問題なのだ)

これに対してダブルボードを認めることで、ダブルボードであれば総合診療専門医としての能力担保もされるはずなので、前述の問題は解消される。もし、内科が「全員」総合診療とのダブルボードを取得すると50%がプライマリケア を担うということなので、877→1462となり7倍の格差となる

ただし、ダブルボードは一方向性ではないので、総合診療→内科のダブルボードも生じるから、同じように総合診療専門医も全員内科とのダブルボードになった場合は、206→111となり

プライマリケアに進むものの合計は1083→1573と増える。

つまり、まだ総合診療を進路に選ぶ人が内科に比して10分の1にも満たないという状況では、「数あわせの観点からは」「内科と総合診療のダブルボードは(短期間暫定的に)容認した方が良いかもしれない。。」という本エントリーのタイトルとなる。

しかしながら、繰り返すが、

* 日本において内科、総合診療を選んだ人のうち修了後プライマリケア を担うのがどのぐらいの割合かはわかっていない
* ダブルボードを認めたとして、内科志望者のうちのどのぐらいがダブルボードを希望し、総合診療志望者のうちのどのぐらがダブルボードを希望するかはわかっていない

ちなみに米国の2020のマッチング結果では
Internal Medicine (Categorical) 8,324
家庭医 4,313
Medicine-Pediatrics 381
以上table2から
それに比べ内科ー家庭医療のダブルボードプログラムは2016年、2017年、2018年にそれぞれ「全米で」たった2枠のみ用意されただけで、2019,2020年は枠すら用意されていない。
Medicine-Dermatology, Medicine-Psychiatryなどはわずかだ存在している。
マッチングプログラムのサイトでは
内科ー家庭医療はたった一つのプログラムが見つかったのみである
University of California (San Francisco)/Fresno Program
https://services.aamc.org/eras/erasstats/par/display.cfm?NAV_ROW=PAR&SPEC_CD=740

プログラムのサイトには情報は見つけられなかった。
https://www.fresno.ucsf.edu/internal-medicine/curriculum/
少なくとも米国では内科ー家庭医療のダブルボードが極めて稀であることがわかるだろう(おそらくニーズがない、もしくはACGMEとしてもニーズは存在しないと考えていると思われる)

日本でもこのぐらいの感覚でしかダブルボードのニーズがないのであれば冒頭に書いた推進派の理屈は全く無意味で、ダブルボードの整備への労力は他へ割いた方が良いかもしれない。

内科ー小児科はそれなりにある。(内科とのダブルボードで最も多い。しかしそれでも内科単独の20分の1、家庭医の10分の1)ので、もしかしたらこちらの方がニーズは大きく、整備すべきはこちらのダブルボードが先かもしれない。

と、ここまで書いたが、これらは全て些細な重箱の隅の話であって、日本では2030年台後半には「フルタイムの」在宅医(在宅だけをやる)が33,500人必要になると推計されており(下記)、別の試算ではプライマリケア医が6ー7万人とか10万人必要とか言われている訳で、1年間に新たに研修を始めるもののうちプライマリケア を担うものが、1083人だろうが、1573だろうが、それだけでは、在宅医3万人の確保さえ、15ー20年かかる(2030年には間に合わない)ということになる。(繰り返すが、現在の日本の内科の研修には在宅医療は含まれていない)

Iwata, H., Matsushima, M., Watanabe, T. et al. The need for home care physicians in Japan – 2020 to 2060. BMC Health Serv Res 20, 752 (2020). https://doi.org/10.1186/s12913-020-05635-2

まとめ
日本において「プライマリケア を担っている」というのはどういうことかを定義し
それはどこでどのような医師が担っており、現在何人いるのかのかを明らかにし
現在の日本専門医機構の19基本領域に進んだもののそれぞれどのぐらいがその役割を担うのか明らかにし
なければ、プライマリケアの担い手を増やすためにダブルボードを整備するというロジックは成立しない
(別の妥当な理由でダブルボードを整備するなら構わないが)

また
一方で、日本のプライマリケアの担い手不足は、それらの研究でいろいろ明らかになるのを待つほどの時間的余裕もない

ことも事実である。

誰が本当にプライマリケア を担うのか?(内科や小児科は担っているのか?)

先日のエントリー

家庭医を進路選択すると内科よりも2倍プライマリケアにとどまる

*家庭医を選択した93.6%はプライマリケアの実践をしているが、内科を選択した学生でプライマリケアの診療にとどまるのは48.1%、

に続いて、類似論文の紹介


— ORIGINAL ARTICLES —
Mark Deutchman, MD et al. Contributions of US Medical Schools to Primary Care (2003-2014): Determining and Predicting Who Really Goes Into Primary Care. Fam Med. 2020;52(7):483-490. DOI: 10.22454/FamMed.2020.785068

概要
2003ー2014年の20の医学部卒業生17509人のうちプライマリケア関連のレジデンシーで研修を開始した卒業生のうち、レジデンシー修了直後どのような診療現場に進むかの記述及び予測性能に関する研究

P: 任意の20医学部の卒業生17509人
E: intent to practice primary care method(今回提唱される新たな指標)(table 1の左から二つ目)
C: residency match primary care method(table 1の一番左)
O: レジデンシー終了後の仕事内容がプライマリケアかどうか(table 1の右半分)これは、卒業生の名前を逐一、google. yahoo.linkedin,卒業生名簿などで調べて、どういう仕事をしているか確認(その仕事場が実際のプライマリケアかどうかの判断はtable1 の右半分の左右を比較)

C: residency match primary care method(table 1の一番左)は従来のいわゆる「プライマリケア系」の進路に進んだと考えられる人たち(家庭医療、内科、小児科の全て)
E: intent to practice primary care method(table 1の左から二つ目)は新たに提唱されている「本当にプライマリケア をやるつもりがある人だけが進む」と考えられる進路
この2つの違いは後者は前者からinternal medicine (categorical) ,pediatrics(categorical)が外されているということです。

補足すると内科、小児科のレジデンシーには(categorical)というのとprimaryというのがあるということです(table 1ではmedicine-primary, pediatrics-primaryと表現)
categoricalはサブスペシャルに進む選択肢が残されていてその可能性も想定した人が進む進路、primaryはその選択肢が残されていない最初からプライマリケアを想定した人が進む進路ということです。つまりcategoricalに進む人はその時点でプライマリケアに進むことの医師が少なくとも明確ではない(intentが不明)というグループとして新たな指標からは外されているということです。
(実際のところは、どちらのプログラムを修了しても、内科や小児科の専門医としては同じ資格で、希望すればサブスペシャリティーに進むことは可能ですが、最初からprimary care trackに進むと外来や訪問診療、老人ホームなどの経験やローテが多くなり、場合によっては外来women’s healthの研修も含まれます。ただしprimary care track自体用意されているところが極めて少ないです。
(言い換えると、categoricalはそれらの経験が最小限ということです。以下参考 Cooper University Health Care Primary Care Track

アウトカムについてはtable1の右側を見てください、どういう仕事が実際のプライマリケア に分類され、どういうのがそうではないかという定義です。

全てのサブスペシャルティ、救急(emergency及びurgentケア)、hospitalist, hospice/palliativeケアはプライマリケアではないと定義されています

結果はtable2です。

真ん中の列そのレジデンシーに進んだ人のうち、修了後に実際のプライマリケア に進んだ人の割合。
ここでは高い順に並べます

pediatrics-primary 93.5%
family medicine 92.8%
medicine-pediatrics 61.1%
pediatrics(categorical) 44.6~51.6%
medicine-family medicine 50.0%
medicine(categorical) 20.6~30.0%
medicine-primary 29.5%

余談ですが、medicine-pediatricsは内科と小児科の、medicine-family medicineは内科と家庭医療の両方の専門医が取得できるいわゆるダブルボードプログラムです。 それぞれ単独の研修だと3年ですが、medicine-pediatrics、medicine-family medicineはそれぞれ4年でダブルボードが取得できます。もちろん、別々の学会が認定をしているので、それぞれの専門医取得、及び資格維持には両方のrequirementを別々に満たす必要があります。

先日のエントリー

家庭医を進路選択すると内科よりも2倍プライマリケアにとどまる

*家庭医を選択した93.6%はプライマリケアの実践をしているが、内科を選択した学生でプライマリケアの診療にとどまるのは48.1%、

とほぼ同じ結果です。

今回の結果からはプライマリケアに進む可能性の高さからと3つのグループがあり

1. 大半がプライマリケア領域の診療をする :pediatrics-primary 93.5%とfamily medicine 92.8%、
2. 約半分がプライマリケアに残る:medicine-pediatrics 61.1%、pediatrics(categorical) 44.6~51.6%、medicine-family medicine 50.0%
3.

内科単独の場合、たとえprimary care trackに進んだとしても ほぼ差はなく、プラリマリケアに残るのは3割程度:medicine(categorical) 20.6~30.0% 、medicine-primary 29.5%

ということです。

table 4の右側の列は、実際に修了後プライマリケアに進んだ人3901名の内訳です
家庭医が47.8% 1866人
内科(categorical とprimaryを合わせて)24.4% 951人
小児科(categorical とprimaryを合わせて) 22.4% 873人
ダブルボード (内科小児科/内科家庭医療)5.4% 210人

table 4では

米国のプライマリケア 労働力(workforce)の半分は家庭医
また、ダブルボードは極めて少数

ということが分かります。

実はこの研究の背景は
それぞれの医学部がアウトカム指標の一つとして「当医学部は今年xxx人中xxx人(x%)の卒業生がプライマリケア系のレジデンシーに進んだため、当医学部はプライマリケア にそれだけの多大なる貢献をした」という声明をよく出していることがありその根拠となる数字が

C: residency match primary care method(table 1の一番左)(内科、小児科、家庭医に進んだ人全て)

を基にしているのですが、それが全部プライマリケアに従事するというのは言い過ぎじゃないの?というところから始まっています。

ここでは引用しませんが、論文のtable3の右端から3つ目と2つ目の列が
C: residency match primary care method(table 1の一番左)と
新たに提唱された
E: intent to practice primary care method(table 1の左から二つ目)
のそれぞれに進んだ人のうち実際に修了後プライマリケアに従事する人の割合(予測性能)
を示しており、
それぞれ、54.1%、76.5%と、internal medicine (categorical) ,pediatrics(categorical)に進んだ人たちを全て外した分母で考える方が、プライマリケア に貢献する人の割合をより正確に予測するのではないかという結論です。

あくまで米国の研究ですから、日本では分かりませんが、感覚的には割としっくりくるような気がします。

日本でわかっていないこと
内科専門医、小児科専門医取得者のうちどのぐらいがプライマリケアを担っているか
そもそもプライマリケア を担っているというのはどのように定義されるか

結局primary care workforceを語る上で、日本でもこういう研究をしないといろいろ物が言えないと思うのですよね。。(次のエントリーに続きます)