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高齢者は避けて欲しい薬のリスト

最近日経メディカルでも小さく取り上げられたので知っている人もいるだろう.

国立保健医療科学院の疫学部 今井博久氏による仕事

高齢者は避けて欲しい薬のリスト

高齢者全てに注意すべき薬剤のリストと,特定の疾患や状態を持つ高齢者で注意すべき薬剤のリストをまとめ,それぞれに問題となる副作用などが起こった場合の重症度(重要度)がつけられている.

詳細は上記リンク内のpdfを見ていただくとして,自分があまり意識していなかったもの,それから,以外に頻繁に使っているものを抜き出してみた.

インダシン CNS副作用
トリプタノール
トレドミン
アダラート 便秘
H2blocker せん妄
チラージン(乾燥沫のみ) チラージンS(合成製剤) は別
パナルジン
ジフェンヒドラミン
抗コリン作用の強い抗ヒスタミン アタラックス,ペリアクチン,ポララミン
SSRI SIADH
腎機能低下症例でのH2blocker

トリプタノールについてはかなり頻繁に使用するので,副作用などは把握しているが,やはりリストでやり玉に挙げられると...もちろん禁忌のリストではないのだが.H2Blockerも安全な薬,との印象が強いのではないだろうか.

2001年ー2006年の 4045の論文 からのリスト作成とのこと.
このリストを取り上げた記事では日本のBeers Criteriaを目指す,という但し書きがついていることが多いので,今まで知らなかったBeers criteriaについて調べた.

Wikipediaにも存在
Beers Criteria

1991年にオリジナルが発表.今回の2003年に3度目のupdateが行われている,”Potentially Inappropriate Medication Use in Older Adults”のリスト.

The Center for Clinical and Genetic Economics (CCGE), established in 1999 in the Duke Clinical Research InstituteのHPにリストとその用法へのリンクがまとめられている

Potentially Inappropriate Medications for the Elderly According to the Revised Beers Criteria

2003年の論文は以下で見られる.


Donna M. Fick, PhD, RN.et al. Updating the Beers Criteria for Potentially Inappropriate Medication Use in Older Adults. Results of a US Consensus Panel of Experts. Arch Intern Med. 2003;163:2716-2724. (Vol. 163 No. 22, December 8, 2003)

リストの厳密な定義は以下の通り

(1) medications or medication classes that should generally be avoided in persons 65 years or older because they are either ineffective or they pose unnecessarily high risk for older persons and a safer alternative is available and (2) medications that should not be used in older persons known to have specific medical conditions.

Results This study identified 48 individual medications or classes of medications to avoid in older adults and their potential concerns and 20 diseases/conditions and medications to be avoided in older adults with these conditions. Of these potentially inappropriate drugs, 66 were considered by the panel to have adverse outcomes of high severity.

全文は読まないとしても以下の3つの表には目を通して置いても良いだろう

Table 1. 2002 Criteria for Potentially Inappropriate Medication Use in Older Adults: Independent of Diagnoses or Conditions

Table 2. 2002 Criteria for Potentially Inappropriate Medication Use in Older Adults: Considering Diagnoses or Conditions

Table 3. Summary of Changes From 1997 Beers Criteria to New 2002 Criteria

注意するべきは”日本のBeers Criteriaを目指す”とした今井のリストはBeers Criteriaの日本語訳ではなく,オリジナルに文献検索から行われ,作成されたリスト,ということ.挙げられた薬剤の一致などの検証はしていないが,一部重ならないところもあると思われるので注意.また今井のリストは文献検索のみのようであるが,(原文の調査方法には当たっていないので定かではないが)Beers Criteriaは論文検索を元にして,専門家集団がそれを何度か叩いて調整して出来たconsensusということ.方法論はデルファイ法と呼ばれ,前回のエントリーで詳述した.

デルファイ法(未来予測,合意形成,質的研究)

いつまでたっても新しいことがでてくるなぁ.Beers Criteriaも2003年の発表…

USPSTF update 3題(内頚動脈狭窄,非合法ドラッグ,方法論)

1)Screening for Carotid Artery Stenosis
http://www.ahrq.gov/clinic/uspstf/uspsacas.htm
The U.S. Preventive Services Task Force (USPSTF) recommends against screening for asymptomatic carotid artery stenosis (CAS) in the general adult population. (This is a grade “D” recommendation)
害が多いのでやるな,ということ.ここでいうscreeningとはドップラー超音波法のことだが,必然的に,ルーチンで頸動脈の聴診を行うことにも拡大適応されると考える.(聞いて音がしたら,次は超音波なので)

米国の医師は定期的な検診で頸動脈の聴診を項目に入れていることが多いが,この診療は変わるか?
あくまで上記推奨はドップラー超音波法についてであり,頸動脈の聴診は私見.

私は以前からやっていない.当時の指導医が優秀だったからしないように昔から言っていた.

2)
Screening for Illicit Drug Use
http://www.ahrq.gov/clinic/uspstf/uspsdrug.htm
The USPSTF concludes that the current evidence is insufficient to assess the balance of benefits and harms of screening adolescents, adults, and pregnant women for illicit drug use. (This is a grade “I” statement)

どちらでもいいので,自分の信念に基づいて決めればいいよ.と.これが一番助かるといえば助かる.inner city,都会ではやってもよいのではないだろうか.

3)Update on Methods
Estimating Certainty and Magnitude of Net Benefit

http://www.ahrq.gov/clinic/uspstf07/methods/benefit.htm
方法論のupdate

ABCDIのrecommendationをどのように決定するかについての方法論についての記載.table 1.がわかりやすい.
これまでこれは公開されていなかったのではないだろうか?自分が気づかなかっただけかもしれないが.

Certainty of Net Benefit (どのぐらい確かかつまりevidenceの妥当性)
Magnitude of Net Benefit (効果の大きさ)
の2つの組み合わせできまる.

Certainty of Net Benefit :high
Magnitude of Net Benefit :substantial

の場合にのみA recommendation

Certainty of Net Benefit :low
については,magnitudeがどうであれI recommendation

日本に適応する場合の問題点

Certainty of Net Benefit は基本的に世界共通だが,日本人が含まれているかどうかにこだわると全く利用できなくなる.

Magnitude of Net Benefitについてはその疾患の有病率,スクリーニングにかかるコスト,治療の手術や薬剤の成功率や効果が影響するので,より日本の状況に当てはまらない可能性が高い.日本での研究やpolicy makingが切実に望まれる.

このupdateは上記のcarotid artery stenosisについてのrecommendationの結論を出す過程を例に説明されている

考慮する質問は3つ

1) What evidence does the Task Force consider to estimate net benefit?
2) How does the Task Force estimate the certainty of net benefit?
3) How does the Task Force estimate the magnitude of net benefit?

詳細は3つめのリンクから読んでください.総論屋の私としては,これが一番おもしろかった.
理由は
1)どのようにUSPSTFのrecommendationが作られるかその過程と決定基準が明確に示されていること.(これで,他の国でも同じようにやりたい人は,その通りにやればできる)
2)検査や治療のコストはrecommendationの作成に考慮されている様子がないこと(考慮しないとは書いてないが,考慮するとも書いていない)
発表された費用対効果の論文なども存在するが,outcomeやコストの設定などまだ論文ごとのmethodologyの差異や過程の不透明さのため,2001年より独自に導入したoutcomes table(頸動脈の例はここ)を使用して最終的にnet benefitを判定していると書いてあり,このようにコストのことが含まれていない.これはこれまで自分はuspstfはコストを含めた判断をしていると考えていたのだが,間違いであった(もちろん,おおざっぱには無意識的に考慮していると思うが)
この点で,日本の状況に適用する際に考慮しなければならない変数(もっとも国による差異の大きい)が減るので,外的妥当性が多少担保されうるということ.
3)指導の立場にある人は必読.

気づき
recommendation grade決定の過程を説明するために例として中年男性の腹部大動脈瘤のスクリーニングをあげていたが,喫煙者はスクリーニングをする500人に一人死亡が一人減らせるためB,非喫煙者は1800人に一人なのでCここの線引きは総合的判断になると思われる.1800人一人レベルは公衆衛生的には積極的推奨にならないということ.(一人の家庭医がカバーする人口が1500-2000ぐらいなので中年の非喫煙者全員スクリーニングして一人救えるかどうか,といったところ)

もう一つ,USPSTFのtask forceメンバーは名誉職であること.おそらく実費程度.いわゆる厚労省の研究班などとおなじで,やはり選ばれる,ということが,その分野での能力を評価されると言うことなのだから,これ以上の非金銭的報酬はないだろう.

日本でこのような仕事ができる人間になれないかと思っているのだが…